大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京高等裁判所 昭和55年(ネ)2453号 判決

控訴人

荒木繁

右訴訟代理人

瓦葺隆彦

被控訴人

鄭根采

右訴訟代理人

人見孔哉

主文

原判決を取り消す。

水戸地方裁判所日立支部が昭和四三年(ヨ)第四五号不動産仮差押申請事件について同年一〇月二二日にした仮差押決定を取り消す。

訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は、主文と同旨の判決並びに仮執行の宣言を求め、被控訴代理人は、「本件控訴を棄却する。控訴費用は控訴人の負担とする。」との判決を求めた。

当事者双方の事実上の主張及び証拠関係は、次に付加するほか、原判決摘示事実のとおりであるから、ここにこれを引用する。

(控訴人の主張)

一1  被控訴人が水戸地方裁判所日立支部に本件不動産仮差押命令を申請したのは昭和四三年一〇月一六日で、本件仮差押決定が登記簿に記載されたのは同月二四日である。

2  被控訴人の得た確定判決は、同年九月二四日被控訴人が本件仮差押の被保全債権である約束手形金債権に基づいて日立簡易裁判所に支払命令の申立をし、その支払命令に対する控訴人の異議申立により訴訟に移行した事件につき言渡されたものである。

3  右判決に基づき、被控訴人は、控訴人が、(1)第三債務者株式会社常陽銀行(水戸地方裁判所日立支部昭和四四年(ル)第二号、(ヲ)第二号事件)、(2)第三債務者株式会社関東銀行(同庁同年(ル)第三号、(ヲ)第三号事件)、(3)第三債務者水戸信用金庫(同庁同年(ル)の第四号、(ヲ)第四号事件)に対して有する当座預金、普通預金、定期預金、定期積金の順序に従つて、右両銀行については各三五〇万円に満つるまで、右金庫については三八八万六七五〇円に満つるまでの債権につきそれぞれ差押及び転付命令を得た。なお、右債権差押及び転付命令は、遅くとも同年一月末までには関係者に送達された。

4  また、被控訴人は、控訴人所有の不動産に対しても強制競売の申立(同庁同年(ヌ)第一号)をし、同年一月八日競売開始決定がなされたが、右は同年九月三日無剰余を理由に取消命令が確定して終了した。

5  それ故、本件仮差押の被保全債権の消滅時効が前記判決確定の日から進行しないとしても、右強制執行終了の時から進行したものというべきである。

二  被控訴人主張のように、転付命令が無効に帰したこと及び消滅時効が中断していることは争う。

(被控訴人の主張)

控訴人主張一1ないし4の事実はいずれも認める。

本件仮差押決定は登記簿上に明記され、抹消されることなく存続しているのであるから、消滅時効は中断しているというべきである。

(証拠関係)〈省略〉

理由

一被控訴人が昭和四三年一〇月一六日にした申立により、同月二二日水戸地方裁判所日立支部において本件不動産仮差押決定(同裁判所昭和四三年(ヨ)第四五号事件)がなされて、同月二四日その旨登記簿に記載されたこと、その後控訴人主張の本案訴訟(同裁判所昭和四三年(手ワ)第一四号事件)において右仮差押の被保全債権である一〇五〇万円の約束手形金債権に基づく請求につき同年一二月二三日被控訴人勝訴の手形判決が言渡され、該判決が昭和四四年一月一一日確定したことは、当事者間に争いがない。

二1  控訴人は、被控訴人の右確定判決による債権(本件仮差押の被保全債権)は、被控訴人の申立により発せられた転付命令により消滅したから、本件仮差押は事情変更により取り消されるべきである旨主張するので、以下検討する。

前記確定判決に基づき、被控訴人の申立により、前同庁において、控訴人主張のとおり債権差押及び転付命令が発せられ、昭和四四年一月末までに該命令が控訴人(債務者)及び各第三債務者に送達されたことは当事者間に争いがない。しかし、同命令によつて転付されるべき被転付債権が存在したことについての疎明はないのみならず、却つて、弁論の全趣旨(なお、原審が各第三債務者に対してした調査嘱託に対する各第三債務者の回答書参照)によれば、右被転付債権は全く存在しなかつたことが疎明されるから、右転付命令はその本来の効力を生ずるに由なく、これにより本件仮差押の被保全債権が消滅するいわれはない。

2  次に、控訴人は、確定判決により確定した権利は一〇年の経過により消滅時効が完成する(民法一七四条の二参照)ところ、前記確定判決による債権(本件仮差押の被保全債権)は消滅時効の完成により消滅したから本件仮差押は事情変更により取り消されるべきである旨主張するのに対し、被控訴人は、本件仮差押の執行状態は現存しているから仮差押による時効中断も存続している旨抗争する。

(一)  思うに、仮差押は権利実行の一方法として消滅時効の中断事由となるものであるが(民法一四七条二号参照)、右仮差押による時効中断の効力は、仮差押債権者が被保全債権につき確定判決を得た場合に当然に消滅し、新たに時効の進行が始まるものと解すべきではなく(昭和三年七月二一日大審院判決、民集七巻八号五六九ページ参照)、右時効中断の効力は仮差押の執行が確定判決に基づく本執行に移行した場合においても、本執行が終了する時まではなお継続するものというべきである。そして、右にいう本執行の終了は、差押財産の価値の欠乏のため請求権の満足を受ける見込みがないことが判明して、執行機関が執行を中止した場合(昭和五四年法律第四号による廃止前の民法五六四条三項、六五六条二項参照)を含むものと解するのが相当である(なお、仮差押が本執行の保全を目的とするものであることに徴すれば、本執行終了後も、仮差押の登記が存することの一事をもつて、なお仮差押による時効中断の効力が存続するものと解すべきではない。)。これを本件についてみるのに、本件仮差押決定がされ、登記簿に記入された後、被保全債権である一〇五〇万円の約束手形債権に基づく請求を認容する判決が言渡され、該判決が昭和四四年一月一一日確定したこと前記のとおりであるか、右判決の確定により本件仮差押による時効中断の効力が消滅し、新たに時効の進行が始まると解すべきでないこと前説示のとおりであるから、本件仮差押の被保全債権(それは右確定判決によつて権利として確定したものであるが)が右判決確定後民法一七四条の二所定の一〇年の経過により時効により消滅したとする控訴人の主張は採用することができない。

(二)  次に、本執行の終了により進行する消滅時効の主張について判断するのに、被控訴人が控訴人所有の不動産に対し強制競売の申立(前同庁昭和四四年(ヌ)第一号)をし、同年一月八日競売開始決定がなされたこと、右決定は同年九月三日無剰余を理由に取り消され、該命令が確定したことは当事者間に争いがないから、本件仮差押による時効中断の効力は右取消命令の確定によつて消滅し、本件仮差押の被保全債権の消滅時効はその時より再び進行を開始したものというべく、したがつて、右債権については昭和五四年九月三日の経過とともに時効が完成し、消滅したものとすべきである。

三以上の次第で、被保全債権の消滅を理由とする控訴人の本件仮差押取消申立は正当であるからこれを認容すべきである。

よつて、右と異る原判決は不当であるからこれを取り消し、控訴人の本件仮差押取消申立を認容することとし、訴訟費用の負担につき民訴法九六条、八九条を適用し、なお、本判決に対しては上告をすることができず(民訴法三九三条三項参照)、本判決は送達と同時に確定し、これに対しては仮執行の宣言を付する余地はないので、控訴人申立の仮執行の宣言は付さないこととして、主文のとおり判決する。

(蕪山厳 浅香恒久 安國種彦)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例